Favourite

Favourite・・・お気に入り、と言う事よりも雑記帳のような・・・

2004年 4月13日

タイ#1

タイ#3

タイのバンコクへ行って来た。 香港映画の「Rice Rhapsody/海南鶏飯」のファイナル・ミックスのスタジオがバンコクにあるからだが、そちらの話は「海南鶏飯」のページをご覧頂きたい。

とにかく暑い、それにもめげずストリートにはびっしりと出店が出て、人も縫う様にしてひしめいていた。 出店と言ってもTシャツ、アクセサリー、タイシルク、置物、花、武器?、アダルトDVD,音楽CD,靴、宝石etc。 何でも売っている。 そして食べ物屋にいたっては、麺類から焼き物、煮物、炒め物、御飯物、果物とありとあらゆるものが狭い歩道に並んでいるのだ。 夜になれば歩道にテーブルと椅子がならび、道ばたレストランと化し、しかもどの店も必ず客がいて何か食べている。 この「何か」と云うのは実は何なのかよく解らないからだが、小さい土鍋でトムヤンクンらしき物もちゃんとあるのだ。 物が安い、人が安い、と云う事ではあるのだが、買い物で一応値切ってみると半額くらいまでは平気で下がる。(日本人には向こうも取りあえずふっかけてくるのだ) 日本円に換算してしまうと、何だか申し訳ない様な安さなのだが、ニコッと笑って「コックン・カー」と手を合わされると、思わずこちらも合掌したくなる。
ホテルのエヴィアンは60バーツするが、出店で冷えた地元のミネラル・ウォーターなら5バーツでも買えてしまう。 約15円だろうか。
何だか解らない、計り知れない活気は、若者の集まるサイアム・スクエアー街でも同じだ。

この雑然とひしめく街の一歩奥にはいると、驚くほどユニークなクラブがあったりもするのだ。
DJは最先端の音楽をガンガン流し、また夜になると何処からか驚くほどスマートな若者達が集まって来る。 この「どこからか」と云うのも実は良く解らないからだ。 昼間見る人々は市場のオバチャンやオニイサンと云った風情なので、本当に何処かからやって来るのだ。

日本はなんだかアジアの主要国のつもりでいると置いてけぼりを喰う事になりそうだ。 映画にしても、音楽にしても、そう言った文化は混沌と雑然とそして開かれたパワーが必要なのじゃないだろうか? いまやアジアン・パワーは世界に広まりつつあるが、その一員に日本は入れるのだろうか? と疑問が沸いてくる。 先進国なんて言葉にあぐらをかいている割には欧米には迎合し過ぎているし。 アジアの代表だなんて思っているのは日本人だけで、旗を振り上げて後ろを振り返っても、他のアジア諸国がついてくるとは思えないしなぁ・・・。
そう思うと日本と云う国は、未だに閉鎖的でそのくせどこか胡散臭い所があるな。

大石神社奉納

ラストシーン
美しいラストシーン
三番叟
アンコールの「壽二人三番叟」観客達も盛り上がる

神奈川県の北端、相模湖の近くに藤野町という所がある、その篠原という土地にある、自然に囲まれた大石神社の境内で、毎年行われる奉納人形浄瑠璃を見に行ってきた。 音頭を取っているのは「曽根崎心中」でお世話になった吉田勘禄さん。 この村に魅せられ移り住んでしまった人だ。 他にも藤野町には数々の芸術家たちがこの土地を愛し、芸術村として「アートスフィア」なる試みもされている。 

8月16日、数日前からつづく大雨で村へと続く峠もあちこちで通行止めになる中、何処からともなく大勢の人達が集まってくる。 毎年楽しみにしている現地の人達に混じって遠くから来ている人も多いのだろう。 降り止まぬどころか益々勢いを増す雨をものともせず、観客達はそれぞれにこのイベントの楽しみ方を心得ている。
10年を一区切りとして続ける事を村の方々と約束して始まったと言うこの企画も残念ながら今年が10年目の最期であった。

芸術や文化に対する援助は年々削られているのは事実なのだが、地域の人々の中に浸透し根付いたともしびを消すにはあまりにも寂しくないか。 元々我が国は芸術や文化に対して無頓着な所がある。 その割に海外で注目されて逆輸入されたものには必要の無い援助まで惜しまなかったりもする。 この公演の終焉も、そう言った事と無縁ではないだろう。  要は、金の使い方を知らん人間が、そう云った部署を仕切っていると言う事か。 この必ずしも恵まれているとは言えない状況の中で、10年間続けた勘禄さんをはじめ、文楽の仲間達、ボランティアの方々の苦労は、ある意味、闘いの歴史でもあるのかも知れない。

今後は実行委員会と言うかたちで、村の人達にバトンタッチし、勘禄さんが指導してゆく事になるそうだ。
それにしても、こんな素敵な事を企画した勘禄さんの情熱はちゃんと受け継がれてゆくのだろうか。
そして、他の地域にも輪が広まり、ただのお祭り騒ぎではない、「村おこし」なんて安直なものじゃなく、肩肘張らずに皆んなが楽しめる「芸術」や「文化」が根付く町づくりが出来たら、我々の生きる環境はもっともっと大らかで優しさがあふれる町に変わってゆく気がするのだが、我が身を振り返ると、まだまだ今日明日のことばかりに囚われている自分がいる。

小室 等
小室 等さん


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最近小室等さんの仕事(NHKのドラマの音楽録音)にシンセ・プレイヤーとして参加した。 80年代には小室バンドの一員として、東京23区コンサートやニューヨークでの録音など体験させて頂いたのだが、ここ十数年は一緒に飲む事は良くあっても、仕事はしていなかった。

それが、「まんてん」のシナリオの中に登場する「アンティークな足踏みオルガン」という設定に、小室氏所有の可愛らしいオルガンを思い出してしまった。 ステージやストリートで私が弾いていたのだ。 貸して貰えないか?と言う問いに即座にOKを出して頂き、丁重に梱包し大阪NHKへ送り込んだ。

そんなきっかけで、「満天島唄」を歌って頂く事になるのだが、せっかくなので、ギターも弾いて頂きレコーディングをした。 今度はその「お返し」というところだろうか、久しぶりのスタジオ・プレイヤーとしては、自分の音楽を指揮して録音するのとは違った緊張感が楽しかった。

ちなみに「満天島唄」は、ドラマの音楽をNHKのスタジオで録音していた時に、エレベーターの前でばったり逢った阿木燿子さんに「ねえ、この曲に詞書いてほしいな」とお願いしたのが実現したものです。 身内系と言われればそまでだが、偶然と言うものは時として思わぬ展開を見せてくれる。
才能あふれる先輩や友人達に感謝。

曽根崎心中
「曾根崎心中」写真提供:中村敦さん

02年03年と続いて「曽根崎心中」に参加する事ができた。
Rockと文楽のコラボレーションと云うことだが、そんなありきたりの言葉では言い表せない深い世界がそこにはある。
伝統芸能とRock Musicと云うコンセプトは、宇崎竜童氏が「竜童組」の結成以前から持っていたものだが、この「曽根崎心中」に関してはDTBWB時代既に行っている。 実に20年も前の企画をリメイクしたものだ。

文楽人形が楽屋の隅に置いてある。良くできた人形であることは間違いないのだが、表情の凍り付いた、動かない人形である。 それがひとたび演者に操られると、魂が入った様にあらゆる表情を見せてくれる。 切なく、妖艶に、勇ましく時には滑稽に、鳥肌が立つほど豊かなのだ。お初の表情、身のこなしなどは「この女となら心中もしよう」と思わせるほど艶と美しさ、気品があふれていた。
日本の伝統文化の力をみせつけられて、幾たびか譜面を見るのも忘れ、目の前の人形たちに見とれていた。

一体に3人が付いて手足を動かすのに一糸乱れぬ呼吸であると同時に、いつしか舞台に人形だけしか見えて来ない様になる。 左の写真の様に二人の人形がからむには、6人の大の男の演者がいるのにである。
これほどの人形劇が他の国にあるだろうか? 「芸」と言う言葉の持つ奥深さと真摯さにあらためて脱帽する。
それにしても、TVから氾濫する安物の「芸」は何なのか?

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遠藤雅美
遠藤雅美クン 通称GAMI

こいつに関してはあまり書きたくはないのだが、遠藤雅美君です。 私の中学、高校の後輩でもあり、アマチュア・バンド時代はベースマンとして一緒にやっておりました。
一時はカメラマンを目指していて、私のやっていた「イエロー」というバンドの日比谷野音解散コンサートも彼がしっかりカメラに納めております。

で、その後ギターのリペアショップなどを始めたのですが、現在は「Song Bird」と言うブランドで、フリーでギターやウクレレの製作や修理をやっております。
手に持っているのは彼の作品なのですが、他にもFlying V型やレスポール、モズライト型はもとより、ピカチュー・ウクレレなんてものまで創ってしまうのですね。 指盤にもちゃんと貝細工でネームなども入れてくれます。

いまだにベンチャーズ・バンドなんぞもやっているらしいのですが、そちらはまだ見た事が無い。
宇崎竜童氏の特殊な引き語り専用ギターを現在考案中。
完成が楽しみなのですが、世界で一つしかない物を創るのは骨が折れると共に、楽しそうな苦悩だと思います。