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僕ら音楽仲間の間では「ラッキーさん」と呼ばれている。 由来は知らない。
改めて聞こうと思わないのは、共に仕事を続けて音出しをしていれば、川崎真弘が「ラッキーさん」と呼ばれる訳が判るからだ。
付き合いは永い!
最初は新宿歌舞伎町のGoGoホール近くの喫茶店。 35年前のコト。 マネージャーとして、ラッキーを新しく結成するグループのオルガン奏者としてスカウトしたのが、付き合いの始まりだ。
その後、カーニバルス、イエロー、カルメン・マキ&OZと、日本のロック史にその名を残す伝説的なグループの一員として活躍。
再会したのは82年。 ダウンタウン・ブギウギ・バンド解散直後、ソロ活動のスタートには、ラッキーのオルガンが必要だった。 ラッキーが映画やドラマの音楽に興味を持ち、実際に関わり始めたのは、この時からだと思う。
竜童組でも6年間、共に苦労してくれた。
このグループはO型5人、B型5人、A型1人。 血液型のコトだ。 O型の気まぐれとB型のハマリ込みに一番悩まされたのは、A型のラッキーだった。 夢中になればなる程、皆、勝手なアイディアを提出する。
この我儘集団に6年もの年月を微笑みながら付き合ってくれたコトを、未だに感謝している。 と同時に、この経験はその後のラッキーの音楽人生に大いなる徳となったに違いないと自らをエクスキューズしておきたい。 何故ならば、僕をはじめとするミュージシャンよりも、映画監督の方が遙かに我が儘なのだから・・・。 あらかた編集された映像に未整理の台詞がのっただけのラッシュに「自由な発想で音楽をのせて欲しい!」などと申し出てくれる監督など皆無である。
音楽家にも得手不得手のジャンルがある。 クラッシック系の作家にRockを、ジャズ系に民族音楽を、又、その逆を要求しても畑違いだ。 オールマイティーなんて無いんだ。 カットに合わせて、何分何十何秒となると、感覚的なものを優先ばかりはしていられない。 当然、物理的な要素が割り込まざるを得ない。
しかし、監督は感覚的な表現しか注文してはこない。 無限な、音、リズム、メロディ、楽器、編成、編曲、和音、単音・・・その様々なる要素から注文を満たす音を絞り込まなければならない。
揚げ句の果て、「チョット甘いな!」と溜め息などつかれたら、すべておジャン。 この繰り返しに耐えて、双方の合致をみるまでのストレスを考えると、映画音楽作家の仕事は割に合わない作業だ。
日本映画は音楽制作に予算を割かなすぎる。 限られた時間内、予算内で総ての注文を充たすには、その作家の力量、アイディア、経験、センスetc。
あらゆる能力が必要である、にも関わらずの現状である。 予算がないなら時間をくれ、時間がないなら予算をくれ、どちらもないなら、まかせてくれ。 映画音楽作家の叫ぶ声が聞こえるか? そんな現状の中。ラッキーは頑張っている。 ラッキーと組んでイイ仕事をしている監督たちがいることを僕は知っている。
映画やドラマから音楽を抜いたら、どうなる?
音楽は芝居の邪魔にならない程度に、流れていればイイなんて思っている制作者がいたら、呼んで来い。
印象的なメロやリズム、サウンドが画面を引き締め、その映画の価値を高めていることに制作者はどれだけ気付いているだろう。 映画祭やコンクールの各賞を見渡しても「音楽賞」は数少ない。
報われないよね。
ラッキーの偉大さは、映画を愛し、人を愛しているからこそ、あらゆるワクをはずして、上質の作品を提供し続けていることにある。
未来の日本映画の音楽を牽引する作家の一人として、ラッキーの仕事を見届けていこうと思っている。
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