Film Scoring

第4章 映画音楽制作の流れと実務

当然のことながら、殆どの映画音楽制作にはある一定の流れに沿って進められる。
ざっと時間軸で辿れば:オファー/ミーティング/デモ制作/スポッティング/バジェット&スケジュール/作曲/録音/ミックス
と云った流れの中で、ミーティングはどの時点でも展開される重要な要素になっている。
なぜならば、監督は確固たるヴィジョンを持って撮影にあたっているのであり、音楽家は他の制作スタッフと違い
撮影が終わってから実務が始まると言っても良い立場で、長い制作期間中その映画の事だけを考え続けてそこに至った方々とは
出発点が多少異なる訳で、作曲家なりの解釈と監督やプロデューサーのヴィジョンを近づける大切な場でもあるからだ。
しかしながら、それ故に制作の裏側からではなく、繋がった画そのものから本質を見いだす事が、別な視点を生み出す重要な
鍵になる要素も持っているのではないだろうか。 音楽でも作曲家の意図した譜面に沿いながらも、思いもよらなかった
解釈やアプローチが、優れた演奏家によって引き出されて来る場合があるのを私は知っている。 それと同じく何気ない音楽が 
そのシーンによって突然新しい生命を得る瞬間に遭遇する事もあり、計算だけで生み出されている訳ではない。
緻密な計画、計算と優れた才能がぶつかり合う偶然とのバランスはモノを創り出す歓びでもある。

目次 オファー ミーティング デモ制作 スポッティング バジェット&スケジュール 作曲 録音 ミックス

オファー

最初にここから始まるのは誰にでも想像の付く事だと思うが、その始まりには様々な形があり、それによってその後の進め方にも多少の違いは生じて来る。 以前は脚本も完成し撮影もそこそこ進んでいる時点でのオファーが多かったが、最近の私の仕事では、企画段階や脚本の完成時、もしくはその一歩手前でのオファーが通常になっている。
それでも一般的には、渡された台本には音楽の欄が空欄になっており、脚本完成時には主要キャスト以外の配役と音楽家は未定のままである。 音楽家が決定するのは撮影がアップしてからと言う場合もしばしばで、最初の打ち合わせが
オールラッシュと監督との顔合わせも兼ねてしまう様な場合も多々あった。 そう言った場合は殆どが監督やプロデューサーからのオファーではなく、間に入った音楽制作会社や制作外部の音楽プロデューサーからの推薦と言った形であるため、どの制作スタッフとも初顔合わせと言った情況である。 2時間枠のTVドラマなどは特にこの形が多かった様だ。 ティンカーベルは音楽制作もやるので殆どはそう言った中間的な機能の人が介在する事がなく、直接に監督やプロデューサーからの制作を含んだ作曲のオファーである。 何作も一緒にやっている監督などでは、当然ながら企画段階からのオファーが多く、作曲家も心構えやリサーチにおいて、突然のオファーよりずっとやり易いのは当然の事だろう。 本来は仕事上の事なので、企画意図や脚本を読んで音楽的な方向性が全く異なる場合は、オファーを辞退する事も出来る訳だが、まずそう言う事はない。 こちらがどんな音楽性を持っているかを知ってのオファーと言う事もあるし、得手不得手はあるにしても色々な作品に係わる事で、作曲家自身の栄養にもなるであろう。

オールラッシュ:撮影がアップし編集が済み確定した時点での試写。 これを元に音楽を入れる場所や長さを決めて行くのだが、この後多少の編集直しがある場合もしばしば。 この後、ファイナル・ミックス後の、0号プリント試写、初号プリント試写と続く。

音楽プロデューサー:企画に合った作曲家を選定したり、全体の音楽の方向性を監督と作曲家との橋渡し的に調整したり、予算を把握し録音規模を決定したり、既成曲が使われる場合には、その著作権や使用許諾の処理をしたり、主題歌があれば歌手やレコード会社との調整をつけたり、その実務は多岐に渡る。 映画サイドに立つので音楽界のプロデューサーとは多少性格を異にする。

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ミーティング

オファーを受けて、一つのプロジェクトに参加する事が決まれば、監督はじめプロデューサーや録音技師(音楽録音とは別)などを交えてミーティングが行われる。 この時点が企画段階であれば監督、プロデューサー、音楽家程度の人数で、まず音楽の方向性やイメージ、具体的な決まり事(主題歌があるとか、TVドラマではタイトルに決まった長さの音楽を付けなければいけないとか)などがここで話し合われる。  この時点で監督のイメージ上に、フィーチャーしたい特定の楽器や手法などがあれば、それもこの場で検討する題材になる。この最初のミーティングは特に重要で、ここで話し合われる方向性やイメージが各々に共通して描かれていないと、後の実作業に大きく影響してしまう。 監督が脚本も自身で手がけている場合は特に、監督の頭の中で既にヴィジョンは決まっているのだが、監督は音楽家ではないので、例え音楽用語を口にしたとしても音楽家が使う言葉とは意味合いが違っていたりする。 その辺りを良く踏まえないと、解り合えたと思っていた事が、実は全く違うイメージを描いてしまう危険性を孕んでいる。 解決方法は一つしかない。 良く話し合い、確認しあい、時には既成曲や何かの映画のシーンなどの具体例をあげてもらう事もいとわない姿勢が大切になって来る。 要は、監督が何を求め音楽はその映画の中でどう云った機能を持ち、何をどの様に表現するのか、と言う事を探り合い確認し合う訳だ。 イメージが掴みにくければロケ地に足を運んだり、途切れ途切れでもラッシュを見たりする事で、見えて来る事も多々ある。 最初のミーティングではあまり具体的な音楽の話ではなく、主人公や他の主要登場人物の性格や、台本上には書かれていない心の動きなどを話し合い、抽象的ではあるが全体のトーンをお互いに感じ合いながら、監督のイメージとこちらが感じる音楽的なイメージを摺り合わせる程度の話し合いが多い。 あまり最初から具体的に決め込んでしまうと、後に方向性がずれた時、修正が効かなくなってしまう危険性もある。

主題歌:映画やTVドラマで主題歌が入る場合には、映画音楽の作曲家が決まる以前に既に決まっている場合が殆ど(いわゆるタイアップ)。 先に決まっていれば当然、映画音楽の作曲家は介在出来ないし、クライアント側の営業戦略的な発想での場合は、監督にさえ決定権が無い場合もあるのが実情だ。 

タイトル:最近の映画では特に狙った場合を省き、タイトルに特別な音楽を付ける事は少なくなったが、以前は必ずと言って良いほど、映画が始まりタイトルが現れると派手な音楽が付いていた。
TVドラマでは番組枠に依っても違うが、決められた長さの音楽(タイトルが画面に映っている間)を要求されるが、3秒や5秒の音楽と言うのは私は好まない。

ラッシュ:色々な段階で撮影済みの素材を見るのだが(オールラッシュについては前項参照)、NGシーンも含め各カットにカチンコが入っている様な状態から、ほぼ完成に近い状態まで様々。 撮り終えた各シーンを取りあえず台本通りに並べた棒ラッシュと呼ばれるものもや、監督が編集に指示を出したり確認する為のラッシュもある。

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デモ制作

大抵の場合、メイン・テーマやその他の主要テーマは、デモテープ(最近ではCD-RやMD)
を作り、監督との打ち合わせでイメージの確認を行う。
さて、このデモ制作の大切な意味は、作曲家がその映画に対しどんな音楽/メロディーを書くのか、或いは書いているのかを監督が録音前に確認しておける事だ。 当然、方向性が違えば監督は書き直しを要求する権利を持っている。 ファイナル・ミックスでどんな音楽が自分の映画に付けられているのかを、監督が初めて知る様な事はあってはならないだろう。(実際には2時間枠のTVドラマでは良くあった事なのが、時間が無かったとは言え恐ろしい) しかし、これにも難題は付き物で、フルオーケストラの音楽をどう提示するのか? あるいは録音当日しか来ない特定の楽器の音をどう表現するのか? と言った問題がある。
現在では
シーケンサーに演奏データを打ち込み、シンセサイザーやサンプラーを駆使して可成り似通った音を提示する事が出来るが、全ての作曲家がそう言ったことを出来る訳ではない。 かつては、ピアノやギターだけでメロディーを演奏し、このメロディーをオーケストラで、ここのメロディーはトランペットで、と言った説明で、監督たちは想像力を膨らませ「フムフム良いじゃないか」などと言えた時代もあったのだが、現在は実際には存在しない様な様々なデジタル楽器音が氾濫しているため、と同時に誰でも何時でもウォークマンなどで完成された音楽を聴く事に慣れてしまった為か、実際のサウンドにして聴いて貰わないと監督の方も判断が付かないと言う事が多くなってきた。 大予算のハリウッド映画などではこのデモ制作にでもオーケストラを平気で使って録音する事もあるのだが、日本ではそんな話は聞いた事もない。 逆に、仕方がないのでシンセサイザーで録音したデモで監督からOKを貰い、本番をフルオーケストラで録音したら、今度は監督から「デモテープと音が違う」とクレームがつき、シンセサイザーで録音し直した、と言うウソの様な本当の話もあるのだ。 いかにイメージを的確に伝えるデモをつくる事が難しいか、そして作曲家には今やイメージを譜面を書いているだけではなく、デモ制作録音技術も要求されている。

シーケンサー:演奏する音、音の長さ、音の強さ、リズムなどを自動演奏させる音楽ソフト。
一昔前は専用の機器があったが、現在では殆どがコンピューター・ソフトウェアーになっている。
有名所ではMOTU社のDigital PerformerやSteinberg社のCubase などあるが、私は前者を使用。

サンプラー:実際の楽器や声その他どんな音でもデジタル録音し鍵盤演奏などを可能にした楽器。
オーケストラの各音をはじめ、アコースティック楽器や人声、街の雑踏など、どんな音でも鍵盤上に配列でき、音色を加工する事も出来る。 私が使用しているのはEmu4とAKAI-S6000。
私は特に、日本ではスタジオ演奏者が見あたらない民族楽器などで多用する。

デジタル楽器音:シンセサイザーの無かった時代では実際に存在する楽器を演奏して録音していた訳だが、現在では人工的に合成された音は幾らでも創り出せる時代。 それ故その音楽家自身でしか出せない音もあり、他人に説明するにはその音を耳で聴かせる以外に方法はなく、そう言った音色は監督たちが想像するのも困難だろう。 ハリウッドSFホラー映画などでは大活躍である。

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スポッティング

一般の方にはあまり馴染みのない言葉だと思うが、一応流れと言う事で解説する為に使わせて頂く。 実は我々も日本では敢えてこの言葉を使う事は少ない。
作業としては、音楽を入れる場所と長さを
タイムコード・レベルで決め込んで行く作業だ。きっかけはセリフの間であったり、動作の間であったり、カット変わりであったり様々だが、映画に於ける音楽の役割として、最も効果的な所をポイントとするのは言うまでもない。 音楽が終わる場所も当然、吟味されるのだが、始まりよりは厳密ではない場合が多い。 これは音楽の性質上緩やかに消えて行く終わり方が多いので、ターゲットとなるシーンやカット中、他の効果音に溶け込む様に処理されるからだ。 逆に、始まりは何時始まったか判らない様に、緩やかに音楽をせり上げて行き、一瞬のきっかけで突然終わるという場合もある。 音楽の始まりと終わりのタイミングは「この辺りから、この辺りまで」と言うアバウトな場合もあるが、これはスポッティング時には作曲前であり、確定したメロディーやアレンジがまだ確定されていない時に、その音楽の「あり様」によって多少の誤差は音楽家に任せられる様な場合である。 勿論その場合でもファイナル・ミックス時には監督の判断により秒単位、或いはそれ以下の細かさで確定される。 一般的には最初の音楽からM-1,M-2(Music-1,2)・・・と言う様に番号がふられて行く。 その後各音楽に対してファイル(欧米ではタイミング・シートとも呼ばれる)が作られ、正確な始まりのタイミング、曲調が変化するポイント、全体の長さ、終わりのポイントと終わり方、などが整理されるが、これは大抵の場合、音楽プロデューサーやMusic Editor、あるいは作曲家自身の仕事である。

タイムコード:現在の様にデジタル全盛時代になる以前、ポイントの一秒前、或いはテンポに合わせカウント替わりにフィルムの右上に小さなパンチ穴を空け、音楽のある間中デルマと呼ばれる赤い線をフィルム上にマークし、視覚上で認識でき、指揮者がスタジオに映写されたその映像を見ながら指揮棒を振っていた時代もあったのだが、現在では編集自体がコンピューター上で行われる事が多く、音楽録音時にスタジオでフィルムを映写する事も殆どなくなり、共通の認識としてタイムコード・アドレスで決め込む事が多くなり、全ての周辺機器がそのタイムコードに同期する。

タイミング・シート:サンプルを参照して頂ければ解る通り、実に細かくタイミングが取られているが、勿論全てのタイミングに音楽を合わせる訳ではない。 重要な箇所に焦点を当てて音楽を変化させたりする訳だが、アクション・シーンなどではやはり合わせる箇所が多い様だ。 サンプルはBEVERLY HILLS COP の一部を使用させて頂いた。 この後、この9M2だけでもまだまだ続く。

Music Editor:音楽を各シーンへ挿入する際に必要な音楽編集を行ったり、入り方、消え方を調整したりする専門家だが、日本の場合音楽知識のある方や専門にやっている方は少ない。

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バジェト&スケジュール

映画の規模によって音楽予算は違って来るが、予算によってスタジオ使用時間、オーケストラの規模又はその他ミュージシャンの拘束時間などに制約が生じる。 予算が殆ど無いにも拘わらず、大オーケストラでの長時間録音などは事実上出来ない。 随分昔なら、撮影所のスタジオへオーケストラを缶詰状態にして、終わるまで何時間でも何日でも、と云う時代もあったらしいが、今の時代でそんな事をすれば、スタジオからミュージシャンが次々と居なくなるか、破産をしてしまうだろう。 故に、最初の予算組は重要でもあり、それによって実際に録音出来る音楽のスタイルにも影響が出てくる。 とは言っても全ての映画に大オーケストラが必要な訳では決してない。 例えソロ楽器一つでも、その映画にとって最も適している表現方法なら、それ以上は過剰な音楽と言う事になる。 問題なのは監督や映画そのものが欲している音楽と予算がかみ合わない場合である。 実は多いのが実情なのだが。
多くの場合、先ずその映画に必要な音楽ありき、ではないのだ。 音楽的な発想と同時に、予算に見合った音楽構成をしなければならない。 さりとて、それは監督も同じで、やはり限られた予算の枠組みの中で苦心して撮影しているのだ。 映画製作には不確定な予算が生じる。 ロケが天気に依って長引けばそれも予算に影響を及ぼすし、諸々の事柄が撮影中に生じてくる。 クランクイン前に組んだ予算通りにはなかなか運ばないし、予算より少なく終了する事はまず無いだろう。 前述したように音楽家の実務は撮影が終了してから始まると言っても良い位のポジションである。 その段階に至って予算は全て使い果たしました、では困るのだ。 制作費が多いから良い音楽が出来、少ないからロクな音楽が出来ない、と言う事ではないのだから、最初にしっかりとした予算組をして於くのは重要な事だ。
また、タイアップした主題歌などがある場合には、サントラ発売にからめてレコード会社が音楽制作費を賄う事もあるが、これはレコード会社にとって所属アーティストのプロモーションの一環としてである。 映画の本質に合っていればまだ良いが、それと関係なく主題歌と言う形で映画そのものに参画するのはどうかと思う。 映画制作会社にとっては予算の関係と映画にとってのプロモーションになると言う事で一石二鳥の様に見えるが、今の時代それだけで観客動員に繋がるとは思えないし、その映画の持つ個性を壊しかねないと思ってしまうのだが。 このページを見ている方々はどうであろう? 主題歌を入れるのであれば、その映画の持つ個性やメッセージを代弁するものであって欲しいものだ。 

そしてスケジュールもやはり重要な問題である。 殆どの場合は逆算方式のスケジュールになる。 つまり、最終仕上げ/ファイナル・ミックスが先に決められ、それに応じて録音スケジュールが組まれる。 当然ながら、音楽がまだ書けていないので仕上げを遅らせて、なんて事は口が裂けても言えない仕事なのだ。 その分、実作業がいつから始められるかは慎重に検討されなければならない。 作曲家によっては、2時間程の映画のフル・オーケストラ・スコアを3,4日で書いてしまう強者もいるらしいが、私には到底出来ないし、やろうとも思わない。 そう言ったオファーが来ても最初からお断りするしかないのだ。
最終締め切り日が決まっていれば、当然録音の日取りも逆算で出るが、では作曲期間の確保は逆算出来るのか、と言えばそうでもなく、前述したオールラッシュから録音日までが作曲期間と云う事は、撮影や編集に手間取ればどんどん短くなって来る訳だ。 これを回避する為には、オールラッシュ以前から作曲を始めなければならない。 つまり曲想や長さをある程度想定してあらかじめ作ってしまい、後でそのシーンに合わせて編集をしたりフェイドアウト処理をしたりと、ここで前述のMusic Editor の腕の見せ所ともなる。 低予算映画などでは可成りタイトな予算とスケジュールが組まれるので、こう云った方法がしばしば取られる事になる。 その場合でも全ての音楽が、と言う事ではなく、それで回避出来るシーンについては、と言う事だ。 現在のTVの連続ドラマでは、毎週録音する事が出来ないので(以前は毎週録音していた)台本段階で作曲作業が始まってしまうのが殆ど。 これを長尺、溜め録りと言ったりする。


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作曲

音楽講座ではないので、作曲そのものについての解説はこの項では省くが、映画音楽として特徴的な事柄をあげれば、同じメロディー・モチーフが色々なかたちでしばしば登場することであろう。 これに付いては第3章のメロディーの項を参照して頂きたい。
作曲の段階で作曲家は一体どんな想いで、どんな作業をしているにだろうか?と聞かれる事がある。 このシーンのこの音楽は何処からやってくるの?と聞かれても答え様がないのだが、メロディー・モチーフと言う事であれば、前述したミーティングの際に各主要テーマが既に決まっていて、スポッティングの際に監督から、このシーンはこのテーマで、と指示が出される場合も多い。 但し、どの様にそのテーマを顕すのかと言う事は、作曲家の感性でしかなく、「悩みに悩み抜いた後に天から降ってくる」と言う人もいる位い、自分自身をそのシーンに没頭させる様なもので、VTR で何度も何度もそのシーンを見たり、台本を行間まで幾度も読み返したりしながら、イメージの世界に入り込んで行くと聞こえてくるものがあるのは確かだ。 勿論
映画音楽的手法という物もあるのだが、それはあくまで作編曲技術的な事であり、私はあまり通用するものとは捉えていない。 そしてこの項は、前項までと違い可成り個人差のある抽象的な事柄なので説明はしにくいが、作曲家はどのシーンでもそこだけ単独に見ている訳ではなく、映画の始まりから終わりまでを視野に入れて設計図を書いている。 全体のスタイル、色合い、スケール、匂いなどを描いた後、各々のシーンが他のシーンとどうリンクして行き、最終的に一つの形を成すのかを描いている。 それ故に、今書いているシーンの為に、それ以前やそれ以降のシーンを何度も見返しもする。
実際にはピアノの前で唸り、悶々と何も書かれていない五線紙と対峙し、部屋の中をうろつき、心ここに非ずで煎餅なんぞをポリポリとやり、フリーズしてしまった我が Macintosh にあたりちらし、ピアノに肘打ちを喰らわし・・・どうも人に見せられたものではない光景が繰り広げられているのだ(私だけか?)。 グランドピアノに置かれた五線紙に鼻歌交じりでスラスラと音符を書き込んでいる様な余裕は、精神的にも時間的にもないのだ。
作曲家は常に締め切りに追われ、今度も音楽が書けるだろうか?と言う不安感に追われ、そして台頭してくる新しい才能の驚異に追われている毎日なのだ。 大分話がずれた。

具体的な最近のやり方では、私の場合だが、届いたVTR にはSMPTEタイムコードが入っているので、コンセプトや曲想が決まるとシーケンサーにテンポ情報を作り、簡単な音で音楽の輪郭を打ち込み、実際にVTRと同期させてそのシーンを確認したりする。 場合によっては監督自身が私のアトリエへ来て、各シーンの音楽を映像と共に聴きながらのミーティングも行われるが、それもスケジュールに余裕があればと言う事になる。 スケッチと呼ばれるのは、メロディーやアレンジで思い浮かんだものを五線紙に書き付けて行くのだが、ほんの4小節であったり、ハーモニーの構成であったり、まさしく絵のスケッチの様なもので、そのまま楽曲に発展する事もあれば、ボツにしてしまう事も多い。 一つのシーンに対して幾つかのスケッチを描いて見るのは、やはり最初に確定してしまうと後で修正が難しくなってしまうからでもある。 自分自身がそのメロディーから離れられなくなり、別な角度からの発想の邪魔になるからだ。 勿論、これだと思えるものを一気に書き上げてしまうものもあるが、大体一つのシーンに対して5〜6パターンのスケッチは描いてみる事が多い。 一見無駄な作業の様に見えるが、煮詰まった時にもう一度スケッチを見直してみると、新たな発展があり絡まりついてしまった様なシーン同志の連携が解決する事もあるのだ。 実際にも私がゴミ箱にまで捨ててしまったスケッチを監督に発見され、しかたなく監督の言うシーンに合わせて見たら、自分でも気が付かなかったマッチングで纏まった作品もある。


映画音楽的手法:以前は徒弟制度の様なもので、映画音楽に関しての専門的な教育機関は無かった様に思うのだが、近年では音大などでも専門教育が成されて来た様だ。 いわゆる純音楽とは明らかに違う専門的な技術を要する事は確かで歓迎すべき事であるが、全ての映画にそう言った技術が必要であり、かつ有効であると言う事ではない。

SMPTEタイムコード:Society of Motion Picture & Television Engineersが制定した信号でビデオなどの同期に使われる。 私は一般のVTR プレイヤーを使用しているので、ステレオの片チャンネルに信号、もう一方にセリフと効果音を入れてあり、信号をPCに、音声と画像をTVモニターへつないでいる。 ビデオ画像と同じく1秒を30フレーム分割で対応し、シーケンサーやハードディスク・レコーダーを同期させれば30/1秒単位(もっと細かくも)でタイミングを合わせる事ができる。

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録音

さて、苦悶の作曲の日々を終たその音楽は、録音によって初めて他人が聴ける音楽になる。
録音日には予め
写譜が成され、当日各ミュージシャンの譜面台へと配られる。 オーケストラ主体の録音では指揮者が呼ばれるか、あるいは作曲家自身が指揮をする。 通常録音に立ち会うのは監督、スクリプター、Music Editor,プロデューサーと云った所だろうか。 録音を進めながらも監督からの意見や指示が出て修正する事もある。 最近はないが以前は録音当日に撮影所から電話やファックスで、編集が変わってしまい、音楽の長さも変わったと告げられる事もあった。 大人数の編成では、この修正が大変な作業になりスタジオ中の混乱を招く。 それでなくとも緻密に構築してきた作曲家にとっては大問題である。 当然、前述した予算の問題もあり、ミュージシャンやスタジオの確保は可成りタイトなスケジュールの上に組まれているので、録音時間を予定より延ばす事は出来れば避けたい所だが、こちらが思ったニュアンスがうまく表現出来ない様な曲には、何回もリハーサルを繰り返したりNGで何度か録音をやり直したりする場合もある。 基本的には、こういった録音に呼ばれるミュージシャン達には、専門的な技術が要求され、かつまたそれを満たす方々なので、初見が利くのは当然であり、その上に各々の個性を出して演奏してくれるミュージシャンでなければならない。 ごく希に、譜面を読むのは苦手でも、その人しか出せない音や味を持っている方に来て頂く事はあるが、その場合には予め譜面とデモテープを渡しておく。 今まで使った事のない楽器が必要で、知り合いがいないときにはインペグに紹介して貰ったりもする。 実際に録音を開始すれば譜面の書き間違えや(本当はあってはならないのだが、こちらも徹夜続きになる事が多くご容赦願っている)写譜ミスがあったりするのだが、それは大抵のミュージシャン各人が鉛筆を持参しているので、各自修正する事が殆どだ。
作曲家にとっては、初めて自分の構想が実体を成す瞬間でもあり、監督にとっても初めて作曲家の意図を具体的に聴く瞬間でもあるので緊張感が漲る日でもある。 
コントロール・ルームで聴いている監督がシブイ顔をしかめてレコーディング・ディレクターに何やら言っているのがスタジオから見えたりすると、作曲家は途端に不安になり、胃に穴があくほどだと言う人もいるのだ。(最近の私は図々しいので構わず続行するが) 場合に依っては、フィルムこそ掛けなくなったが、VTRに合わせて確認する事もある。

写譜:作曲家の書いたスコア譜を各ミュージシャン用に清書する専門職で写譜屋さんと呼ばれる。
作曲家の使うスコア譜は1ページに二十数段あり非常に細かい。 なおかつ殴り書きの様な譜面だったりもするので、各パート別に清書する必要がある。 勿論ただ書き写すだけではないので音楽の専門知識を必要とする。

スクリプター:「記録」とも呼ばれるが、映画の撮影時の全てを記録する重要な役割を持つ人。
カットやテイクの記録はもちろんの事、小道具や衣装なども全て記録しカットバックでの繋がりなどもこの記録なしではちぐはぐになってしまうだろう。 時々映画で時制の繋がりのおかしな所を発見するが(カットバックしたらさっき飲み干した筈のビールがまた一杯になっていたり)、これは実際の撮影が別々に行われる為で、記録ミスによると思われる。

初見:譜面を一見しただけで直ぐに演奏する技術。 スタジオ・ミュージシャンの必須条件でもある。 相当に複雑な音楽でも譜面を渡してカウントを出せば、いきなり間違えずに演奏出来るのでリハーサルでは表現の方向性、ニュアンスに専念でき、こう云った優れたミュージシャン達によって私達の低予算、短時間を強いられるスタジオワークが成り立っている。

インペグ:各々の楽器編成に応じてミュージシャンを手配する人や会社だが、総じてインペグ屋さんと呼ばれる。 人材派遣的に思われがちだが、それ以上にミュージシャンと作曲家双方から信頼されなければならない仕事であり、ベテランから注目の新人までアンテナを張り巡らし、コネクションを持ち、予算と時間の配分まで把握していなければ出来ない。

コントロール・ルーム:各種録音機材などが配置されおりミキシング・エンジニアのエリアだが聴きに来た大勢のスタッフなどの試聴室的な役割でもある部屋。 ミュージシャンのいるスタジオとは完全防音で仕切られている。 大きな二重ガラスでお互いに見えるのだがマイクを通さないと聞こえないので、マイク・オフでしゃべってもミュージシャンや私には聞こえない。 従ってオフで何か話し合っている様子は、何故かクレームが付けられている様に感じてしまうのだ。
ガラスの向こうに人が行き来している様から「金魚鉢」と云う業界用語もある。

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音楽ミックス・ダウン

録音された音楽はこのミックス・ダウンによって完成する。 各楽器の音色を調整し音量バランス、位置関係の設定やエフェクト処理が成される最終作業だ。 近年の録音では通常デジタル録音で48トラックを使用する。 それを映画用に8トラックにまとめたり、通常のステレオ左右2トラックにまとめるので、48から(以前はアナログ24トラックが主流)8や2へ落とす、と云う事でミックス・ダウンと呼ばれる。 映画用のドルビー・サラウンドでミックスする場合はドルビー社から派遣されたエンジニアがスピーカーの位置やその他の設定をしにスタジオへやって来て、音楽のミキシング・エンジニアは、その設定に手を出してはいけないと云う決まりがある。 また、サントラ発売用には通常の2トラック・ミックスになるので、映画用とサントラ用とで別々の作業が必要になる場合もある。 現在主流の5.1サラウンド・ミックスもこの段階で処理する場合が多い様だが、本来は音楽単独での判断ではなく、映像や他の効果音を考慮し、そのシーンに合わせてミックスされるべきである。 最近の映画では、DTS(Digital Theater Systems), Dolby Digital, Dolby Digital-Surround EX, SDDS(Sony Dynamic Digital Sound)など映画のサウンド開発には作曲家にとっても付いていけない感がり、映画館にとっても設備的に付いていくのは大変な事だろう。 随分前にLAでジョージ・ルーカス・チームが開発したTHX(Tomlinson Holman's eXperience)を初体験し、度肝を抜かれたものだが、今や、そんなシステムもあったなぁ、と云うくらいに進化してきている。 当然、音楽ミックスもそれに対応しなければならないのだが、変化の急激さにエンジニアにも戸惑いがあるのか、また音楽のミキシング・エンジニアが必ずしも映画のサウンド・システムに精通している訳ではないので、頭が痛い所でもある。
そして映画に於けるこのミックス・ダウンと云う作業にはもう一つ違った面も持っている。
映画の音楽は当然ながら映像と共に存在する訳で、完成された素晴らしい音楽が必ずしもマッチするとは限らない。 現に「映画の音楽は一つ要素が足りない位が丁度良い」と言う監督もいる。 つまり、そのシーンの映像、セリフ、効果音と相まって完成されるべきだと言う意味である。 実際にそう言った事を配慮に入れたミックスをする事は良くある。 その為に音楽的に完成されたサントラ発売用とは、実は多少違っていたりすることは良くある事なのだ。 また、長いシーンで、尚かつ途中でテンポや曲想が急激に変わる事が要求される場合は、音楽を幾つかのブロックに分けて録音する事もあるのだが、それを連続した一つの音楽として、この時点で編集する事もある。(ハリウッド映画のアクション大作などでは、こういった編集が多々かいま見える) いずれにしても、ミックス・ダウンと言う工程では演奏以外の全ての要因をまとめ上げて行く作業なので、実際には録音以上に時間のかかる作業なのだ。 2分の音楽を録音するのに10分でOKが出ても、編成にもよるが、ミックスには悠に2時間を超えるか、もしくはその倍でも完成しない時だってある緻密な作業だ。

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そして・・・音楽は初めて撮影所や他のダビング・スタジオへと運ばれる。
そのダビング(ファイナル・ミックス)・スタジオでの作業は
Rice Rhapsody/海南鶏飯 ファイナル・ミックス報告を参照して頂だきたい。

この章でひとまず解説を終了とさせて頂きます。
繰り返し述べている様にあくまでも映画を観る、楽しむ一つの視点を提示する事が目的であって、
技術的な解説ではありません。お付き合い下さった方々には「フンフン」「ホー」「ヘーエ」
「ナルホド」と云った程度に楽しんで頂き、映画を観る角度がもう一つ増えたと感じて頂ければ
充分で、映画に於ける音楽の存在にもう少しだけ興味を持って頂けたら幸いです。 
解説にあたっては、私の勉強不足や勘違いなどあろうかと思いますが、その辺りはご容赦下さい。

                                   川崎真弘

第1章 「映画音楽の方法論的種別」

第2章 「映画における音楽様式 」 

第3章 「映画における音楽要素との関わり」

番外編 第27回湯布院映画祭へのコメント

番外編2 香港映画「Rice Rhapsody」ファイナル・ミックス報告