香港映画「Rice Rhapsody / 海南鶏飯」バンコク ファイナル・ミックス報告


タイトルの「hainan chicken rice」「Rice Rhapsody」に変わりました。
中国表記は変わらず
「海南鶏飯」ですが、日本での公開が決まれば別のタイトルが付けられるかも知れません。

さて、ファイナル・ミックスと云うのは、映像にセリフ・効果音・音楽と、すべての音を
付けて調整し完成作品に仕上げる、映画制作にとって最期の工程の事です。
私が行ったのはプレ・ミックス(ファイナル・ミックスでの音素材を予め準備する)の最期
音楽の部分からの参加で3月29日に乗り込み、ファイナル・ミックスとAコピー(後に解説)を確認するまでの
2週間を監督の Kenneth,プロデューサーの Rosa Li,プロダクション・マネージャーの Ah Long,そして通訳で付いてくれた
植田桃子さんと共に、毎日スタジオへ通い詰める作業だった。

プレ・ミックスでの作業は、日本で録音してきた音楽を、各々予定された音楽 Cue へタイミングを合わせて貼り付けて
行く事から始まる。 その際、編集が変わって音楽の始まるタイミングが変わってしまったり、必要な長さが
変わってしまったりした箇所を編集していくのだが、これはプロ・ツールス(音楽のみならずサウンド全体を扱う
最も普及しているハードディスク・レコーディング・システム)上で編集されます。
映画の音楽は初め8トラックに分けて録音されているので(通常の録音は左右2トラック、また日本では8トラック録音は
まだあまり行われていない)5.1サラウンドへの編集もこの段階で行われる。 ここで問題なのは、あまりサラウンドに
音を廻してしまうと、丁度良いバランスで音を聴けるのは客席のほぼ真ん中の観客だけになってしまう事だ。
端の方に座った人には当然サラウンドの音が強く、バランスを欠いたおかしな音楽に聞こえてしまうので細心の注意が
必要になる。 ストリングスやコーラスが会場を包み込む様にうなるのは確かに心地よいのだが、ホットスポットに
座った人だけを対象にした様なミックスには、私は賛成しかねる。 観客全体を念頭に置くべきだろう。

さてさて、場所はバンコク郊外の住宅地にいきなり姿を現す RAMINDORA SOUND RECORDING STUDIO.
中国系オーナーの個人経営のスタジオだが、スクリーンを持ちフィルムを映写できるミックス・スタジオが2つ
その他サウンド編集スタジオや映像編集スタジオなども幾つか持つ規模である。 しかしその中庭ではオーナーの
家族が子供達と食事をしていたり、時たま入ってくる小学生くらいの子供が、実はコンソールもプロ・ツールスも
扱えたりする所が、いかにもタイらしいのどかな光景でもあり、末恐ろしいパワーも感じさせてくれる。

そんな中でのプレ・ミックス作業は、日本語・英語・中国語・タイ語の飛び交う、アジアの混沌の様な情況で進められた。
つまり、私が監督のKenny に提案する事は、通訳のMomokoによって英語で伝えられ、Kennyはチーフ・ミキサーへ
中国語で伝え(中国系タイ人なので英語よりも中国語の方が得意らしい)、それをアシスタントへタイ語で指示を出し
質問は同じ経路を辿って私に出される。 と言った具合だ。 何ともまだるっこしい話なのだが、Momokoは根気よく
付き合ってくれる。 彼女自身もタイでは新進気鋭の「Futon」と云うバンドで活躍しており、この2週間の間でも
惜しくも最優秀賞は逃したものの、現地ラジオ局の新人賞とベスト・レコーディンク賞にノミネートされている。
興味のある方は是非とも下記URL「Futon」のホームページも覗いて頂きたい。 英語と日本語のページがあるので選べます。
ちなみに Futon とは日本人にはお馴染みの布団から来た言葉が国際的にそのまま使われる様になったものだが、
現状は日本の布団とは異なり、床に直接置くソファーベッドの様なものだと思って頂ければ解りやすいかも知れない。
http://www.rehabisfab.com/

Momoko が音楽を知り、スコアも読め、タイ語もある程度話せると云う事が,実は重要な役割を担う事になる。
と言うのも、音楽編集をやってくれたプロ・ツールスのオペレーターはじめ、監督のKenny も譜面を読む事は出来ない。
従って、編集するにも「何小節目から何小節目までをカットして、何小節目のリズム・トラックのティンパニだけを
どこそこにずらす」と云った指示を的確に伝えるには、通訳自体に音楽の知識がなければ、まずその説明を通訳に
対して始めなければならない。 その点Momoko は私の要望を理解してくれるので助かった。 もしそうでなければ
私はブチ切れてしまうか、なかば諦めの様な心境に追い込まれたかも知れない。 シーンに対する解釈や音楽的な
表現の協議をKenny とするにも、私の英語力では到底及ばず、さぞかし誤解や混乱を招いた事だろう。 

音楽 Cue へのタイミング合わせ、長さや途中ポイントへのタイミングを合わせるための音楽編集に2日間かけ
3日目はサラウンド設定に一日。 その間にもKenny からの新しい提案に対処する為、幾つかの編集パターンを
作って見たり、戻して見たり、結構遅くまでの作業になってしまったが、欧米のユニオンで決められている様な
事はないので(欧米では5:30頃になると、さっさと作業を終了して、続きは明日となる)タイのスタッフ達も
日本での作業同様、朝までだろうが出来る所までがんばる。 土日も休まずやってくれた。 4月13日からは
タイの旧正月で、この時ばかりは皆休みに突入してしまうので、何とかそれまでには、と云う事もあったのだが。

4月2日からはいよいよファイナル・ミックスに突入する。 一番大きなスクリーンのある広いスタジオへと移動。
音楽は既に編集され、サラウンド設定もされているので基本的には音量の調節だけになるのだが、それでも
どのようにスニーク・イン(じわじわと音量をあげて行く入り方、フェードインとほぼ同義)するのか、あるいは
どの様にフェードアウト(ディミニエンドとも言う)させるのが効果的か、などを調整してゆく作業は何度もくりかえし
試行錯誤して、最も効果的と思われる音量に調整するには、結構時間がかかる。
そして、勿論セリフの調整、効果音の調整には、可成りの時間が費やされる。 また、それによっても音楽を効果音と
同居させる為に、再調整が必要になったり、音楽の音域や動きでセリフが聞き取れなくならない様に再編集の必要な箇所も
生じた。 プレ・ミックスで予め調整してあっても、最終的にはここが肝心なのだから、Kenny との議論は尽きない。
と言っても、ファイナル・ミックスでは殆どの時間はセリフや効果音に費やされるので、私は暇な時間が多くなる。
ロビーに出てタバコを吹かしたり、Momoko からタイの情況などを教えて貰ったり、豊富な見た事もない様なフルーツを
ほおばって見たり・・・と少しはのんびりとした時間でもある。 暗くなれば外の壁には沢山のヤモリ君たちが餌になる
昆虫を狙っていっぱい張り付いているのだが、暑い国の郊外にしては、あまり腹の膨れそうな餌は飛んで来ない。

そうこうしている内に、Kenny からまた新しい提案が出される。 それに対して私は音楽家なので当然音楽的に
成立する処理を考えて苦悩の時間が始まる。 どうにでもしてくれ、等と言って投げ出す訳にはいかないのだ。
監督のイメージは解る、でもその通りにやってしまえば音楽ではなくなり効果音になってしまう、と言う情況で
音楽的な処理をするのは可成り難しい作業になる事が多い。 一般に監督はフィルムをカットし繋げることに
関してと、音楽の途中をカットし繋げることの大きな違いをあまり認識していない。
音楽にはメロディーがあり、リズムがあり、ハーモニーがあり、楽曲自体の持つキーがある。
それを途中でカットし繋げるには、何処でも良い訳ではない。 しかも二つの違う曲をクロスフェイド
させるとなれば、可能性としてはどちらも条件が限られてくる。 そこで考え、「出来る方法は一つ、
ここをカットしてここに繋げ、ここでクロスフェイドさせる。 それ以外の事をやられては、私が音楽家として
参加している意味がなくなるほど、音楽的には壊滅的な打撃であり、結果として評論家でなくとも笑ってしまう
ほど明らかに音楽的におかしくなる。 ただ、運が良ければ途中のきっかけもうまくはまり、そのシーンの
その為に書いた様な結果も生まれる。」 と提言する。 ところが、これがうまくはまってくれたのだ。
どのシーンとは言わないが、こういった事はまれにあり、編集者の生理的なリズムと音楽家の生理的な
リズムが一致する、と言う事なのか、音楽を録音してから編集が変わってしまったり、もともと予定して
いなかったシーンに急遽音楽をつける事になった場合、既に録音してある音楽を編集して付けるしか
ないのだが、こういったケースでは音楽センスのない監督やサウンド・エディターに任せっきりでいると
あとで悲しくなる程音楽的な要素を無視されたりしてしまう事があるのだが、私もタイまで来て参加しているのだから、
必ずなにか良い方法を見つけ出して処理をし、音楽的にもより良い作品に仕上げる使命もある。
だが偶然も手伝ってか、なんとか全ての音楽シーンを処理できた。 その音楽がどうかは映画を観る観客の
判断に委ねるしかないのだが、日本で公開された折には、是非見て頂きたい。

4月11日、フィルム・ラボでもあるKANTANA STUDIO に場所を移してAコピーを皆で見る。
これまでの作業は全てVTR をプロジェクターでスクリーンに映していたので、画像は可成り悪かった。
このKANTANA スタジオは日本で言えばイマジカに相当するのであろうが、広大な土地にフィルム・ラボ
アニメーション・スタジオ、TV制作、CGスタジオ、CM制作など、映像とサウンドに関しての部署はほとんど
揃っている。 大きなカフェテリアなどもあり、フル稼働している時には大勢の人達で賑わうのだろう。
近辺には音楽スタジオや諸々のそう言った施設もこの町に集まっているらしく、映像関係や音楽関係者にとっても
良く知られた街らしい。 ハリウッドで言えば、沢山のスタジオが集中しているノース・ハリウッドの様なところか。

ファイナル・ミックスの終わったこの映画を6ロール断続的に通して観るのは、この時が最初になる訳だ。
やはり、ちゃんとしたフィルムでの映写は格段と綺麗である。 全体の諸々の事柄を最終チェックして行く訳だが
私の担当は勿論音楽であり、それに関連するサウンドの面である。 色合いやフィルムの焼き加減などは既に
カメラマンのLam と監督のKenny 達によって調整されているので、他のスタッフは全体のサウンドと共にセリフや
効果音の音質やバランスを最終チェックして行く作業である。 皆の感想としては、RAMINDORA のスタジオでの
作業時より全体的にサウンドのレベルが低いのではないか、と言う事だった。 実際に映画館で上映される時には
同じシステムであっても、各映画館に依って実際には多少音響が異なるのだが、現時点では作り手が納得できる設計を
しなければならない。 残念ながら私は12日に帰る事になっているし、その辺の最終決定は監督が下すべき事なので
全体のレベルは別として、各サウンドのバランスに付いては私はOKを出して、後はKenny の判断に任せる事として
今回のバンコク・ファイナル・ミックスを終了した。 全てのロールが繋がり、最初から最後のクレジット・ロールまで
映画として、観客として観れるのは、恐らくシンガポールか香港でのプレミア試写までないだろう。

シンガポール、香港、タイと渡り歩きつつの打ち合わせ以外は、全てインターネットでのメールとファイル交換で
行われて来た今回の映画、しかも日本人参加は私一人と言う今回の仕事は、色々な面でその難しさがあったものの
新しい発見や、新しい物の見方、新しい仕事の運び方など、様々な事柄に対して考えなければならない
情況も多く勉強になった。 それと共に、地域や文化の違う人々と同じ価値観を持ち、同じゴールへ向かって
ものを創る事の楽しさもあり、映画以外の事柄も色々意見交換出来た事は、すばらしい体験であったと言える。

次回、Film Scoring のページには「映画音楽制作の流れ」をテーマにしようと思っているので重複する事になるとは
思うが、簡単にこのファイナル・ミックスに付いて解説しておくと。

セリフ: 
これは勿論撮影時に音声班が録音してあるのだが、ロケ場所によっては可成りのノイズも一緒に録音されてしまう。 そう言った場合は後にスタジオで再録音される。 いわゆるアフレコと言う作業だ。
これは役者が同時録音されたセリフをヘッドフォンで聴きながら、自分の口の動きにあわせて録音される。
ここでの問題は、録音情況によって音質や音量がが一定していないと言う事だ。
天井の高い部屋、低い部屋、壁際の人、部屋の中央の人、野外の騒音の中、アフレコの声など、各々に違った情況がある、二人が向き合って話している状況でも、カットバックやアップになった時と遠景で二人とも画面に収まっている場合、撮影された時間も違えば、マイクの位置もちがうのだ。
それを、同一時間、同一場所として聞こえる様に調整するのだから、大変根気のいる作業になる訳だ。

効果音:
全く後から付け加えられる音も勿論あるのだが、基本的には現実音が多い。 これも撮影時に音声班がセリフと一緒に録音してある、というかセリフだけをクリアーに録りたくても一緒に録音されてしまうのだ。
セリフもクリアーに、その時他の現実音も丁度良いバランスで録れていれば良いのだが、なかなかそうは行かない。 基本的にはセリフをメインに録音しているので、椅子のきしみ、動作の衣擦れ、食器類のぶつかる音、窓の外でさえずる小鳥の声、など実は後から付けたり足したりしているのだ。 部屋の中なら気が付かないが常に鳴っている冷蔵庫のブーンと言う音だって、聞こえるか聞こえないかと言う音量でも、後から付けなければならない。 それが自然だからだ。 屋外ならば遠くを走る電車や、車の走行音、お寺の鐘の音、小鳥は鳩なのか、雀なのか、或いは水鳥なのか、などによって場所の説明を可成り省く事が出来るし、より自然な環境音として映像と一体になるだろう。 そう言った音には沢山のトラックが必要とされ、また多くのトラックに振り分けられていれば、鳥だけ少なく、とかカラスは黙らせろ、といった調整も可能なのだ。 その大量の音がどの位の音量でどの程度入り、どんな残響を持った環境で・・・と調整して行くのだ。

A コピー:
日本でこの言葉が使われている事は、今までなかった様な気がするのですが、ファイナル・ミックスでは映画全体を約15分づつに分けて、各々ミックスを完成させて行きます。 分けられた映像は「ロール」と言って、今回は全体で104分程の作品なので6ロールに分かれています。 約15分と言うのも、あくまでも目安でシーンやカットの繋がりに依って同じ効果音が持続する場合や、音楽がまたがっているシーンなどを、途中でカットする訳には行かないので、長めのロールもあれば、短めのロールもあります。 そこで、全てのロールのミックスが終わった時点で、フィルムを映写し各々のミックスをチェックするのが「A コピー」です。
フィルムを映写すると言っても、まだロール毎は繋がっておらず、連続して見る事は出来るのだが、ロールとロールの間には多少の中断が入ります。 フィルムを映写して、とわざわざ断っているのは、ミックス時には必ずしもフィルムを映写しているのではなく、VTR であったり、ハードディスクに取り込まれた映像をスクリーンに映写してミックスして行く場合もあるからです。 いずれにしても、現在では全ての機器やメディアを同じタイム・コード上で同期させるデジタル方式を取っていますが、以前はカット変わりやシーン変わりの1秒前に、フィルムの右上などにパンチで穴を開け、その合図によってアナログ・テープを廻したり止めたり、と云った作業でした。

寺院の写真は全てバンコク「ワット・プラ・ケオ/エメラルド寺院」にて。

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